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愛を信じてる

痛みも悲しみも全てを受け入れて、 I am Happy!

友達の定義

覚え書き

どこからが友達か、どこからが仲良しかって難しいところだと思う。

 

わたしの場合、「友達」と思うレベルは割と低くて、でも「親友」と思うレベルはかなり高いんだと思う。

 

小中学生のときは学年全員顔も名前もどんな人かも(だいたいは)知ってるからみんな友達だった。何かしらで知り合って会話をする機会が何度かあったらもう友達だと思ってる。

 

でも以前友人(仮にAとする)とおしゃべりしてたときに、違う考え方を知った。

その友人は、“2人だけで遊びに行けたら友達”という基準を持っているらしかった。

わたしには高校の同級生で特に仲のよい友人(Bとする)がいた。部活が同じだったのが大きいと思うけど、高3のときは同じクラスだったこともあり一緒に過ごす時間も長かった。でも、その子と2人で遊びに行ったことがあるのは高1の初夏1回のみだった。

友人Aは、わたしと友人Bの仲の良さは十分知っていたけれど、彼女が先述のとおりの考え方を持っているためにとても驚かれた。「一緒に遊ぶ機会全然ないのにそんなに仲いいってすごいね!?」と言われた。それに驚いた。

 

だから、最初に「小中学生のときの同級生はみんな友達」と書いたけど、向こうからは全くそんなこと思われていなかった可能性がめちゃくちゃ高い。まじか。笑

 

会ったときに気軽に話せたら友達認定してしまうわたしだけど、その交友関係は広く浅い。友達はたくさんいると思っているけど、一緒に遊びに出かけたり、家に泊まったり、学校で常に一緒にいたりするような友達はいない。さみしいって思わないでね(笑)別に不自由は感じていない。時々憧れるけど。

こないだのNEWSな2人じゃないけど、単独行動がそこまで苦じゃないからおひとりさまで行動してしまう。わたしが小さいときに母が「わたしは一匹狼なの。あなたも一匹狼よ」といわれ、ピュアッピュア(笑)だったわたしは「わたしって実は一匹狼なんだ」と完全に思い込んだのも理由としてあるかもしれない。

 

ただし親友は本当に少ない。2~3人だ。ふとしたときに会いたくなって、久々に会っても以前と変わらず楽で楽しい時間を過ごせる、大好きな存在だ。向こうがどう思ってるかは知らないけど。それについても中学のとき死ぬほど悩んだけど。笑 まぁその話はいいとして。

 

一方で友人Aは、いつも友達がいないと不安みたいだ。いわゆる“いつメン”みたいな人たちがいると、自分の居場所が明確に分かるからいいよね。ぼっちになることもないし、友達とだからこそ生まれる楽しみとか思い出もあると思う。彼女には中学のいつメン、高校のいつメン、大学のいつメンがいるみたいだしその関係はずっと続いているようだから、安心していられる場所がたくさんあるんだなって思った。構内ですれ違うたびに彼女は誰かと歩いている。ちなみにわたしはだいたい1人で歩いてる。

あと明確な友達いる人のSNSリア充っぷりがすごくていいなあと思う。そういうことするタイプの人間でも、そういうタイプが周りに集まるような人間でもないから、Twitter見ては「海いったんだ、いいなぁ」「お泊まりしてるんだ、楽しそうだなぁ」「誕生日お祝いされてる、すてきだなぁ」と羨望のまなざしを向けている。さみしいかよww(ちょっとさみしい)

 

わたしのようなタイプにも友人Aみたいなタイプにも、それぞれ長所と短所はあって、絶対にどっちの方がいいとか悪いとかは言えないのだけど。

 

でも、友達の定義ってほんとに人それぞれなんだなぁということを強く思った。

 

不仲説とかも、そういうことなんだと思うんだ。前記事のレッテルの内容とも被るけど。

 

「仲がいい人は一緒にご飯行くでしょ」とか「家行ったことあるでしょ」とか、自分の「仲良し」のものさしではかってしまう。で、それとずれがある人たちを見ると「不仲なんじゃないの?」という疑いを立てる。その人たちの関係性をちゃんと見ようともしないで。

 

 

あ、でもこれ夜会を批判しているわけでは決してないのでそこはご理解いただきたい。夜会の「櫻井・タッキー不仲説解消のその後」を見た後に書いてるし、それに影響されて考えたことには違いないんだけど。

こういう取り上げ方をしたからこそ“サシ飲み”を通してなかなか伝えられなかった思いを伝えたり、話を聞いたりできたんだと思うし。それにタッキーと翔さんについては、「不仲説なんて言わないで><不仲なんかじゃないもん><」っても言えないと感じるし。

“仲が悪かった”とは思わないけれど“仲がよかった”とも言えない。2人にはお互いに対してそれぞれの思いを抱えていたわけで、その距離感はわたしには簡単に言葉にできない。テレビだからこそ、バラエティーだからこそ、夜会だからこそ打ち出せる切り口だ。翔くんとサシ飲みした人にとって「楽しかった」「話せてよかった」と思える機会を作ってくれて、ありがとう夜会。

 

 

とにかく。

 

嵐には嵐の、NEWSにはNEWSの、せくぞちゃんにはせくぞちゃんの「仲の良さ」の形であったり距離感がある。わたしにはわたしの、友人Aには友人Aの、あなたにはあなたの形や距離感がある。

 

そのことを覚えておきたいなあって思った。柔軟で、寛容な人にわたしはなりたい!!

 

 

 

おもしろくない話ばっかでごめんなさい!!ただの覚え書き!!翔さんの誕生日にはできるだけハッピーな記事を書けたらいいなって思ってます!!おやすみ!!!