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愛を信じてる

痛みも悲しみも全てを受け入れて、 I am Happy!

好き。ありがとう。(QUARTETTOとNEWSとわたし)

NEWS

先日、QUARTETTO宮城公演に行ってきました。

 

初めてのNEWSのコンサート

 

今さらだけど記しておこう、と思ってよく見たらまだ1ヶ月も経っていなかった。まじか。

 

 

先日ついにNEWSのFCに入会したんですけど、コンサートが決まった当時はまだ入っていなくて。好きになったばかりで、「いいな~わたしもNEWS魂行ってみたいな~」なんて言ってたら「一緒に行こう」とお誘いしてくれた方がいたので、お言葉に甘えるかたちでわたしも行ける運びになったわけです。(ほんとうにありがとう)

 

好きになったばかりのわたしが行っていいのかな、とか思っていたけれど、NEWSがいろんなところで「最近好きになった人にも楽しんでもらえるようなコンサートをつくる」という話をしてくれていたので、とにかく楽しもう!という気持ちで近づく"その日"を待ちわびていました。

 

 

 

 

 

 

それはとてもしあわせな空間でした。

 

紙吹雪のなかで優雅に舞い踊るシゲアキさんの美しさたるや…

 

 

 

4人の歌声が会場に響き渡った瞬間、たぶんトリハダたってた。ゾクゾクした。

 

 

席はアリーナ後方で、わたしは身長が低く、そのうえぺったんこの靴を履いていってしまったので、正直センステやメンステはあまりちゃんと見ることができませんでした。

 

 

でも、バクステがとても近くて。バクステにきてくれたときはもうほんとに、すぐそこ、すぐそこにNEWSがいた。4人がきらきらした笑顔でみんなのこと見てた。4人が優しい笑みを湛えて手を振っていた。それぞれが、とてもまぶしくて、やわらかくて、かっこよかった。

 

わたしシゲアキさんのことが好きなんですけどね

シゲアキさんもバクステのほうにきて、シゲアキさん、わたしの目の前で踊っていたし、目の前を通っていったし、ていうかわたしの目の前に加藤シゲアキがいるっていうこと自体もうなんていうか信じられない!!!!っていう感じだったんですけどまぁそれはおいておくとして。

 

シゲアキさん、アリーナ席に手を振ってたんですね。

位置的にはわたしの目の前だったけど、わたしよりちょっと手前の方の席を見ていたから確実に目は合っていない。なんだけど、その客席を見ていたシゲアキさんの顔がね、ふいにふわぁって笑顔になったんです。ふわぁ、って。とても優しくてやわらかくてあたたかい表情だった。あの顔、とっても素敵だったなぁ。きっとずっと忘れない 人間だから、その詳細までいつまでも忘れないなんてことは無理だとしても、あのシゲアキさんを見たときの感覚とか、こみ上げてくるなにかとか、それはきっと胸のどこかでずっと大切にしまわれ続けるだろうなって思った。そしてたまに思い出してあたたかい感情に包まれるんだろうな、って。なんてしあわせなことなんだろう

 

はじめて作ったうちわも、せっかく2ヶ月も前から準備していたのに どうやってアピールすればいいのか分からなくて、というかシゲアキさんがそこにいるという事実が現実のことに思えなくて、とにかくちらっとでも「シゲスキ」の4文字が彼の目に映ったらいいなと思って若干混乱したままうちわをシゲアキさんに向けてたんですけどね。

 

 

それから

 

 

言葉がおさないのはまだ余韻のなかにいたからですごめんなさい(笑)

でも、あの光景はとてもすてきで愛に溢れていたんだよなぁ

 

わたしの反対側、遠くの位置でシゲアキさんはトロッコに乗りながらスタンドに手振っていたんですね。わたしにはシゲアキさんの背中だけがみえたわけですけど。

彼がスタンドの客席に向かって、大きく手を振ると、その先にいる人たちも大きく手を振り返す。みんなペンラを持っているから、それが白い光の波となって揺れるんですよ。ツイートと重複してるけど(笑) ほんとに!なんだかそれ見てぐっときてしまいました。顔は見えないけど、きっとシゲアキさんもそこで手を振っていた人たちも、いい顔していたんだろうなぁって。あぁ、好きだなぁって。思った。

 

 

 

 

しあわせだったなぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これQUARTETTOから一回話離れるんですけどね。

 

 

 

NEWSのこと好きになってから、「美しい恋にするよ」を見る機会があったんです。

 

めちゃくちゃ泣いた。もうなんかよく分からないけど、胸の奥がきゅぅって締め付けられた感じがして、涙が止まらなくて。

本編はよく分からないまま泣いてたんですけど。

 

シゲアキさんのコメント聞いて、また別の感情で胸が締め付けられたんですよね

 

「NEWSとファンって、結びつきが強いし。こんなに、あったかくて、アツいファンっていうのは、…分かんないけど、ほかのグループにはいないんじゃないかな。一緒に傷ついて、一緒にしあわせ作って、こんなふうに歩んできた、NEWSとファンの関係って、すごく…大変だったけど、すごい素敵な関係だと思います。これからも是非ついてきてください」

 

こう話すシゲアキさんがとても素敵なお顔してるんだよ~~~~~!とっても素敵なお顔してるの。でも、このときシゲアキさんが思い浮かべるNEWSのファンっていうのは、たぶん、グループの存続が危ぶまれたときでも一心にNEWSのことを信じ、愛し、待ち続けたファンの人たちなわけで。そのなかにわたしはいないわけで。

2012年に行われたコンサートなんだから、わたしがそれを見たのは3年後なんだからそんなの当たり前なのは分かっているんだけど、なんだか悲しくなっちゃって。

 

わたしがNEWSという存在をある程度しっかり認識したのは2014年の秋だったと記憶していますが、それまでは全く知らなかったんですよね。別にNEWSだけ知らなかったわけじゃなくて、ほんとに嵐以外の何も知らなかったんですけど。ドラマもJ-popもまわりで流行ってることも、何も知らなかっただけなんですけど。

2011年当時も、「山Pがグループやめてひとりで活動するらしい」くらいの認識でしかなくて。

 

でもそのときわたしが知らないところでNEWSもファンもいろんな想いを抱えていたのかな、苦しんでいたのかなって思ったり。

そのときのNEWSやファンのことそれ以前のNEWSやファンのことをわたしは何も知らない。

ちょうど当時、現代文で「脱中心化」というのを習ってたんですけど。

たとえば「脱中心化」が可能になって、彼らの苦しみを知り、理解し、共有することと、このままずっと、想像することしかできなくて、ただ画面の向こう側で笑っている彼らの痛みを知ることさえできないのとでは、どっちの方が苦しいんだろう。

わたしは「わたし」というフィルターを一生外すことはできなくて、それは誰しもが同じことなんだけど、"そのとき"を知らないわたしは「わたし」というフィルターのなかで、わたしの持ちうるすべての誠実さをもって彼らの当時にも向き合いたい、って思っていたんですよね。

 

でもね、無理だった。

どれだけの誠意を持っていたって知らないことは知らないし、理解しようとしたってできない。知れた、と思えるほどの情報を集め、ひとつひとつに向き合って、考えて…っていうのは、わたしにはできなかったんですよ。仮に少しでもNEWSのことを知っていたならまた違ったのかもしれないけれど。

それに何より、"いま" "この瞬間"に彼らが前向きに一生懸命活動していて、楽しいことを届けてくれているんだから、それをちゃんと受け取ることのほうが大事だなって思ったんですよね。

 

だから、苦しみながらむやみに昔のことを知ろうとするのはやめちゃいました。

おかげで、「誰のどこが何をきっかけにどう変わった」とか全然分からないんですけど。笑

でも、こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけど、昔の成亮さんの動画見てるとどれもほんとうに苦手なんですよね。たぶん、その当時に出会っていたら、わたしは彼を好きにならなかったと思う。*1

だから、わたしがNEWSを好きになったのが、わたしがNEWSを好きになったタイミングでほんとうによかったなぁって。

シゲアキさんのこと好きになれて、QUARTETTOに行けて、NEWSとシゲアキさんのことを間近で見られて、この上なくしあわせだったなあって。

 

 

そんなことを思いました。

 

これからも是非ついていきたいです

 

 

 

すてきな時間を、すてきな思い出を、ありがとう

どうかご自愛くださいね

 

 

ありがとう

*1:でも加藤成亮がいたからこそいまの加藤シゲアキがいるわけで、加藤シゲアキだっていまでも紛れもなく加藤成亮であるから、それはとても不思議な気持ちになる